昔、人間は物を運ぶために牛や馬そして船やSL(蒸気機関車)を利用していた。
現代は技術の進歩もあり、エンジン付きの自動車や船、機関車を、そして海や山をも、ひとっ飛び、憧れの飛行機へと発展。
今や人間の移動手段として大活躍である。
飛行機の設計家を夢みていた堀越二郎は、関東大震災の日に里見菜穂子と運命的な出会いを。
その後も避暑地で偶然再会と。
いずれも、風のいたずらだった。
恋に落ちた二人だったが、菜穂子は不治の病、結核を……。
監督は『風の谷のナウシカ』や『君たちはどう生きるか』の宮崎 駿。
音楽:久石譲
主題歌:荒井由実
飛行機好きの二郎は、朝日を浴びながら楽しそうに飛行機を操縦している夢を見ていた。
これは二郎の夢ではなく、宮崎監督の夢ではないのか。
イタリアの設計家カプローニとも、夢の中で度々、飛行機の話をしている。
カプローには「風は吹いているか。日本の少年よ」と何回ともなく二郎に問いかけている。
それは「元気か、日本の少年よ。ならば生きねば。夢を実現するためにも」と聞こえる。
さらに、カプローには「設計で大切なのはセンスだ。センスは時代を先駆ける。技術は後からついてくる」ともいう。
二郎は「美しい飛行機を作りたいと思います」と。
ついに、カプローニは「飛行機は美しい夢だ。設計家は夢に形を与える」とも言っている。
二郎の周りには飛行機の設計図を書いている人が何十人と。
自主的研究会では、二郎の飛行機話にみんなが夢中になり楽しそう。
そして、飛行機ができるとテスト飛行。
まさに、これらの風景はスタジオジブリなのでは?
飛行機は映画。
設計図は原画。
テスト飛行は試写と。
ジブリ*と言えば『風立ちぬ』の感動も束の間、エンドロールに映し出されるスタッフの多さにはビックリ。
哀愁さそう荒井由実の主題歌『ひこうき雲』が、流れると同時に次からつぎへと名前が……。
特に『茄子アンダルシアの夏』の監督・高坂希太郎が、ひきいる原画スタッフは35人。
動画検査・舘野仁美及び動画スタッフは71人と目を見張る人数。
「三鷹の森ジブリ美術館へは10年位前に行った記憶なので定かでないが、見るもの全てが刺激的だった。
15分位の短編映画を観た映画館。
宮崎監督が影響を受けたという本を展示している図書室。
他にも、いろいろな部屋があり、外にはカフェと1日いても飽きない。
そんななか、特に目を引いたのが仕事部屋だった。
宮崎監督が利用していただろう手作りのスクラップや図鑑など、壁際に所狭しと並んでいた。
机の上にはクリエイターの必需品えんぴつが、直径、10cm位の丸い缶にびっしりと。
えんぴつは、手に持って描けないくらい短くなってており、芯先を天井に向け並んでいる。
それも、一缶ではなく」
映画のセンスは、絵コンテやイメージボードに描く1本のえんぴつからだと思う。
それに何人、何百人の信頼できるスタッフと。
1人でできる仕事量には限度がある。
ピラミッド型の組織の中で助け合いながら美しい映画を。
ドワンゴの創業者であり、KADOKAWAの元社長・川上量生は『風立ちぬ』のプロデューサー見習いを無給でしていた。
宮崎監督は飛行機だけでなくSL好きなのか?
重要な場面や話題の切り替えでは、さりげなくSLを登場させている。
二郎と菜穂子は、お互いSLで移動中、風に飛ばされた二郎の帽子を菜穂子が「ナイスキャッチ」したのが出会いだった。
その後も「風立ちぬ*」が二人に再会を。
丘の上で写生をしていた菜穂子は、パラソルを風で飛ばされ、偶然通りかかった二郎が「ナイスキャッチ」したのだった。
二人は菜穂子が結核だったため儚い恋となったが、菜穂子の二郎への献身ぶりには泣かされる。
菜穂子は命を削ってまで美しい姿を二郎に見せ続け、二郎の仕事の糧にと、つくしていたのだ。
また、菜穂子は二郎への思いがすむと、二郎に負担をかけまいと置き手紙を残し結核の療養所へと向かったのだが……。
カプローニは「旅客機は私の夢だ。爆弾の代わりにお客を乗せるのだ」と夢を語り本当に作ってしまった。
二郎は美しい飛行機を求め続け「ゼロ戦」を作った。
爆弾を載せたが無惨の姿。
童話作家・東 君平(1940-1986)からのメッセージを。
「いまは ちょっと
かざむきが わるいだけ
そのうち きみのも
うまく とびます」
夢の中の菜穂子は意気消沈の二郎に「あなた生きて。生きて」と言い続けパラソルとともに風に飛ばされてしまった。
誰にも受けとめられず……。
「プロフェッショナル 仕事の流儀 宮崎駿の仕事」によると
「宮崎監督は、初監督作品『ルパン三世 カリオストロの城』(1979) がヒットせず、スランプに突入。
『宇宙戦艦ヤマト』(1974) や『ガンダム』(TV1979) などSF映画が真っ只中だったのだ。
なんと、『もののけ姫』や『となりのトトロ』の企画も当時、却下されていたとは驚きである。
あいつの企画は馬糞臭い(うまくそくさい)と酷評され、古臭くて当たらないとまで言われていたのだ。
業界では見向きもされなかったらしい。
そこに突然あらわれたのが、アニメ雑誌編集者の鈴木敏夫である(現在スタジオジブリの代表取締プロデューサー)。
雑誌で漫画を連載しないかと。
驚くことに宮崎監督が描いたのは、あの『風の谷のナウシカ』だったんですね。
1984年には映画化にもなり完全復活である」
「ならば生きねば……」。
それでは、さよならサヨナラ。
▪︎ジブリ* GHIBLI
サハラ砂漠に吹く熱風のこと(イタリア語) 。
ちなみに、スタジオジブリが毎月発行している広報誌も「熱風」
▪︎風立ちぬ*
昔、風が吹くことを「風が立つ」と表現していた。
「風立ちぬ」の「ぬ」は、古語で完了形。
「風が立ってしまった」→
「風が立った」=「風が吹いた」
(現代日本語では、完了形と過去形は区別しない)
ちなみに、映画『風と共に去りぬ』は「風と共に去った」
声の出演者
堀越二郎 :庵野秀明
里見菜穂子:瀧本美織
カプローニ:野村萬斎
スタッフ
監督 :宮崎駿
原作 :宮崎駿
脚本 :宮崎駿
作画監督:高坂希太郎
動画検査:舘野仁美
主題歌 :荒井由実「ひこうき雲」
公開 :2013年7月20日
上映時間:126分
宮崎 駿(みやざき はやお)
1941年(昭和16年)東京生まれ
1985年スタジオジブリ設立
2001年三鷹の森ジブリ美術館開館