「家族写真家といえば植田正治ですね。
鳥取が生んだ写真家。
世界でも一目おいていますからね。
鳥取砂丘を舞台にした家族写真は最高です。
特に植田が子供を肩車にした6人家族ですかね」
主人公・浅田政志(二宮和也)は、写真専門学校に籍を置くが学校には行かず、さぼりまくっていた。
そんな政志に担任の先生は、卒業の条件を提示してきたのだ。
卒業写真のテーマは、「たった1枚の写真で自分を表現すること」で、優秀な作品を提出すること。
そこで政志は子供のころの珍事を作品に仕上げ、なんと専門学校での最高賞・学長賞を射とめたのだ。
その後は誰もがカメラマンになると信じて疑わなかった政志だったが、三重の実家でプー太郎。
しかし、政志は父ちゃん(平田満)との会話からひらめきが……。
監督は、宮澤りえ主演『湯を沸かすほどの熱い愛』や『長いお別れ』の中野量太。
写真のジャンルには、風景などの自然写真、
ポートレート、ドキュメンタリーなどの人物写真、
そして料理、建築などの人工物写真がある。
どのジャンルも記録するという点では共通。
政志は父ちゃんからカメラを譲りうけたときから、ポートレート(肖像写真)だった。
家族だけでなく、幼なじみの若菜(黒木華)まで巻き込んで。
今の家族写真を撮り続けたきっかけは、父ちゃんを喜ばすためである。
「父ちゃん何になりたっかたの?」
家族で消防車や消防服まで借りて、本物そっくりにコスプレ。
次は母ちゃん(風吹ジュン)そして、兄ちゃん(妻夫木聡)と、なりたかったコスプレで家族が役者になりきった。
家族写真は見た瞬間に心が温まり、思い出もよみがえる。
共感、絆もできる。
それにコスプレは、もう1人の自分を垣間見ることも。
ところが、3.11の東日本大震災以降、政志は右手人差し指が使えなくなった。
新聞などに掲載するドキュメンタリー写真家だったら、われ先に被災地を撮っただろう。
しかし、政志は楽しい嬉しいの1コマ・家族写真を撮り続けきたのだ。
こっぱてみじんに破壊された被災地の光景を目のあたりにしたら、シャッターは切れない。
政志は三陸海岸の岩手・野津町で、津波で流された写真を洗浄し遺族に返すボランティアをしていた。(2011年9月まで)
・被災地の写真:約80,000枚
・遺族に返却された写真:約60,000枚
遺影にすると言って、娘の写ったアルバムを涙ぐみながら借りて行った父親がいた。
ある日、政志は、内海莉子(後藤由依良)という少女に「家族写真を撮ってほしい」と、頼まれたのだ。
亡くなった、お父さんの写真がどうしても見つからないという。
莉子の父親は、浅田家の父ちゃんと同じカメラ好きで、家族の写真を撮っていた。
政志はいつも莉子が腕にしていた父親の腕時計を借り、莉子の視線の先に腕時計が入るよう左腕にはめ、内海家の家族写真を海岸で撮ったのだ。
莉子は家族写真を見るたびに、写真を撮っている父親を思い出すことだろう。
政志は写真集を出版している赤々舎・姫野社長の存在が大きかったのではないだろうか。
政志の個展を見に来た社長は、彼の写真に笑いをこらえるのがやっとだった。
そんな社長が名刺を置いて行ったのをいいことに、政志は赤々舎を訪ねてみた。
すると、とんとん拍子で写真集を出版しようという話になったのだ。
ところが、出版してはみたものの全然、売れない。
実は『浅田家』の作品は、すでに30社の出版社にふられていた。
うん良く編集者が作品を見たとしても「いいけど家族写真は売れない」と一蹴。
そんな落ち込んでいる政志に姫野社長は「いいものはいい、そこは今でも私自身持っているから」と言ってくれたのだ。
若菜も、子供のころ政志に撮られたポートレートを見た瞬間から写真に恋をしていた。
政志も兄ちゃんに「俺これ持って東京に行こうと思うとる」といった(浅田家の写真)。
兄ちゃんは「政志、お前が頑張ったら2人は自分のことみたいに喜ぶ。お前がダメになったら自分のことみたいに悲しむ。このことだけは絶対に忘れるなよ」と両親の気持ちを伝えた。
どの業界にも目利きの人はいるものだ。
その後、第34回(2008年度)木村伊兵衛写真賞を『浅田家』で受賞。
写真界の芥川賞といわれている。
選考委員は朝日新聞社が創設したということもあり、アサヒカメラ編集長をはじめ篠山紀信、土田ヒロミ、都築響一、藤原新也。
藤原新也は第3回(1977年度)『逍遥遊記』で受賞。
藤原は、作家でもあり『印度放浪』『東京漂流』など数多の著書がある。
この第3回の選考委員には、映画監督・大島渚の名がつらねている。
そんな歴史ある賞を掲載していたカメラ雑誌『アサヒカメラ』が、売れなくなったのか2020年7月号で廃刊となった。
最終号には、浅田政志の「家族ポートレートの新しい撮り方・セットアップ編」が6ページ掲載されていた。
いつも楽しそうに写っている家族写真の中に1枚だけ、普段はこうなんよと言わんばかりの素直な3人がいた。
『ソファにて』というタイトルだった。
ソファに座る3人は、写真に向かって左側が妻の若菜氏、右側が夫の政志氏、真ん中の背もたれに朝日くん。
カメラを見つめる六の瞳が眩しい。
特に朝日くんの瞳は輝いている。
窓からの太陽光とカメラのピントが朝日くんの瞳に。
背後の本棚には、岡本太郎の『太陽の塔』らしきグッズが。
構図は朝日くんを頂点にきれいな正三角形。
朝日くんの手は両親の肩にそれぞれのび、その手に両親の手が軽くふれて……。
親の愛情が伝わってきた。
「無い、ない、ナイ、ナイナイナイ1枚も……」
「カシャ」
それでは、さよならサヨナラ。